遥とはるか

主人公の遥の声を担当したのは、綾瀬はるかさんです。遥の声を担当するにあたって自分と同じ名前「はるか」ということもあって、思い入れも強くあったと語っています。それ以上に主人公の遥は分身だと感じるほど役に入り込みました。綾瀬はるかさんもこの「ホッタラケ島」で遥の役をするうちに、子どもの頃を思い出したりなんだか懐かしい気持ちになったようです。

癒し系で大ブレイク

綾瀬はるかさんは大河ドラマの主役にも抜擢されて女優として大活躍中のうえ、年末の紅白歌合戦でも司会を務めるほどの大人気ぶり。そんな彼女に、売れない時代があったなんて驚きです。ダイエット番組にも出演していたこともあるほどです。出身地は広島ですが2000年に、第25回ホリプロスカウトキャラバンで審査員特別賞を受賞して芸能界デビューしています。2004年ぐらいまではグラビアアイドルとしての活動をメインにしていましたが、広島の親元から離れて東京に上京して環境の変化に戸惑いながら、ホームシックになっていました。

そして慣れない芸能界での仕事。それに仕事に対する不安。そしてなかなか自分の思うようにはいかないストレスも重なって、ストレスからくるフツフツとして食欲をコントロールすることができずにコンビニでお菓子を買って食べる。ひたすら食べるという生活はほとんどプチ過食症状態でした。

身長165センチで58キロになってしまい、平均的にみると全然太っていない体格ですが、そこは芸能界。デブだ、痩せろといわれて下半身太りに悩まされていました。

そこで、ダイエット挑戦の番組に登場して1ヶ月のダイエット挑戦をしますが、目標達成することはできずに司会者から「目標を達成しなかったからといって、私は引退しろとはいわない。どうするのか自分で決めて」といったことまで言われてしまいます。そこで泣きながら「もう一度やらせてください。」と訴えて再度のチャレンジになりました。

1ヶ月で7キロ減量成功!2回目のダイエット企画で見事成功します。そのときには90分のランニングをしてから90分のスイミング。これを週2~3回こなします。食事はあまりとらずに、昼と夜はサプリメントで栄養補給で仕事に望んでいました。ある時グラビア撮影中に、ぶっ倒れてしまったこともあります。理由は空腹。

痩せなかったらクビになる。と関係者からの食べ物も拒否するほど強い信念で二回目のダイエットチャレンジに望み、結果は見事ダイエット成功です。

こんな下積みの苦労があるからこそ、どんなに売れっ子になっても偉そうな態度を取らない綾瀬はるかさんはスタッフからも、また一緒に仕事がしたい!といわれるほどのとても人気が高い女優さんへとなりました。

広島生まれの広島育ちということもあって、戦争や原爆といったドキュメンタリー番組にも登場する機会が他の女優さんと比べると多いのが印象的です。大河ドラマの舞台となった福島は原発事故や風評被害で観光客が激減してしまいました。「放射能に苦しむ人たちの力になってあげたい」という気持ちはとても強いものがあります。

その理由には綾瀬はるかさんの祖母の姉、大叔母さんは1945年8月6日の原爆投下で亡くしています。綾瀬はるかさんは、おばあちゃんから原爆で亡くした姉のことを聞かされていました。はるかさんのおばあちゃんは「私も長く生きておらんから。あんた、忘れんように」と原爆が投下された日の出来事と、叔母の話を聞かされています。そして亡くなった無念さや放射能で苦しんだ人たちの話を、おばあちゃんから聞くことによって、それを受け止め伝える立場としての自分というものを常に考えているようにもみえます。

ドキュメンタリー番組

  • 2005年(平成17年)8月5日・・・ TBSテレビ放送50周年〜戦後60年特別企画〜「ヒロシマ」(TBS)
  • 2010年(平成22年)5月10日・・・・NEWS23X特別企画「綾瀬はるかがたどる戦争の記憶〜65年目の証言〜」数回定期的に放送(TBS)
  • 2010年(平成22年)5月26日・・・ 青春の言葉 風街の歌〜No.1ヒットメーカー 作詞家 松本隆の40年〜(NHK)
  • 2010年(平成22年)12月12日・・・ NEWS23Xスペシャル「綾瀬はるか戦争を聞く〜真珠湾に散った恋〜」(TBS)
  • 2012年(平成24年)12月2日 ・・・ 輝く女 ~全編(NHK-BSプレミアム)
  • 2012年(平成24年)12月9日 ・・・ 輝く女 ~後編(NHK-BSプレミアム)
  • 2012年(平成24年)12月 ・・・ ただいま、東北(NHK)
  • 2013年(平成25年)8月6日・・・ NEWS23 綾瀬はるか「戦争」を聞く 原爆直後に生まれた命(TBS)

綾瀬はるか略歴

  • 1985年(昭和60年)3月24日・・・広島県広島市生まれ。
  • 2000年(平成12年)・・・第25回ホリプロタレントスカウトキャラバンで審査員特別賞を受賞し、芸能界デビュー。
  • 2001年(平成13年)・・・日本テレビ系ドラマ『金田一少年の事件簿』で女優デビュー。
  • 2003年(平成15年)・・・フジテレビ系ドラマ『僕の生きる道』で初の連続ドラマレギュラー出演。
  • 2004年(平成16年)・・・TBS系ドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』にオーディションで723人の中からヒロインに選ばれ、知名度を大きく上げる。
  • 2006年(平成18年)3月24日・・・小林武史プロデュースによるシングル「ピリオド」で歌手デビュー。オリコンチャート初登場8位を記録。
  • 2007年(平成19年)・・・日本テレビ系ドラマ『ホタルノヒカリ』で初の連続ドラマ単独主演。
  • 2013年(平成25年)・・・『八重の桜』で大河ドラマ初出演及び主演[1]。第64回NHK紅白歌合戦で紅組司会を務める。

天然キャラ

芸能界デビューのキッカケとなった、ホリプロスカウトキャラバンには友達に誘われて参加しました。参加する気持ちになった理由は「部活を休むための口実」でした。おっとりした顔をしていますが、中学3年生の時には中国地区の駅伝大会に出場しています。バスケットボールといったスポーツ全般が得意です。

オーディションで特技を披露するときには、特別することがなかったので学校で流行っていたウサギのまねをしたそうで、今でもバラエティ番組に出演したときなど、特技として披露することもあります。

共演者やスタッフの証言。その他映画やドラマのメイキング映像などでも分かるように、とても真面目な性格で演技に対する真摯な態度は共演者やスタッフからもとても評価が高い女優さんです。そして演技に関して、自分自身が納得いくまで監督と話し合うことも多いです。

天然ボケとといわれることがよくありますが、『ホタルノヒカリ』で共演した藤木直人は、彼女のことを「マイペースで天然。よくつまづいて転んでいたから」とはなしています。『SMAP×SMAP』では木村拓哉と中井貴一から、綾瀬がベンガルに「ハーフですか?」と尋ねたことや、「ジーコって芸名なんですか?」といった過去の発言を指摘されたりしています。また『ハッピーフライト』の初日舞台挨拶で、吹石一恵から「周りの人全員をツッコミにしてしまうほどの(ボケ役の)キャラ」と言われたり、映画の共演者からも彼女の天然ぶりを指摘されています。寺島しのぶは綾瀬が人の話を聞かないから「不思議な生き物」と毎日観察していて、吹石と一緒に綾瀬を苛めていたといいます。綾瀬はるか自身は自分が天然だと言われていることに対して、「天然ではない」といっています。