入間基地

1938年(昭和13年)に陸軍航空士官学校(現:航空自衛隊入間基地)が開設されて、戦後の1945年(昭和20年)に軍事施設が戦後進駐軍に接収されて「ジョンソン基地」になりました。1978年(昭和53年)にジョンソン基地が全面返還されて現在は入間基地として住所は狭山市稲荷山2-3で狭山と入間にまたがっている航空自衛隊の基地で、ジョンソン基地から返還後は入間基地になっています。

飛行隊、航空救難団、飛行点検隊の配備だけではなく、パトリオット防空システムを備えた第1高射群の本部があるため、首都防衛の要として約4300名の隊員が勤務しています。しかし入間市と狭山市という周囲は住宅地に囲まれているため、戦闘機の運用は出来ません。(地元と協定ずみ)基地司令は中部航空警戒管制団司令が兼務しています。

入間基地の歴史

  • 昭和13年(1938年)・・・ 陸軍所沢飛行場に開設された陸軍士官学校分校がこの地へ移転。 陸軍航空士官学校として開校。航空神社を遷座。
  • 昭和16年(1941年)・・・ 行幸した昭和天皇によって「修武台」と賜名されて、「修武台飛行場」と改称。
  • 昭和20年(1945年)・・・ 戦後米第5空軍が接収。「ジョンソン基地 」に、航空神社は所沢市北野の北野天神社境内へ移設したのち1965年11月廃社。
  • 昭和27年(1952年)・・・ 3月1日、アメリカ空軍第41航空師団司令部が発足。
  • 昭和29年(1954年)・・・ 東部訓練航空警戒隊が編成。 (中部航空警戒管制群の前身)
  • 昭和29年(1954年)・・・ 1月6日、ジョンソン基地を飛び立った米軍ジェット機が東京都瑞穂町箱根ヶ崎に墜落。乗員2名死亡。
  • 昭和30年(1955年)・・・ 3月4日、米軍ジェット機が離陸に失敗して滑走路から約1.5キロ離れた畑に墜落。乗員2名死亡。
  • 昭和31年(1956年)・・・ 5月22日、ジョンソン基地を離陸した米軍のF86機が入間郡坂戸町の民家に墜落したため、4歳の幼児が即死。
  • 昭和32年(1957年)・・・ 7月19日、ジョンソン基地を離陸した米軍のジェット機がガス欠で墜落。乗員2名はパラシュートで脱出して無事。
  • 昭和32年(1957年)・・・ 10月20日、ジョンソン基地所属の米軍の軽爆撃機が横浜市戸塚区瀬谷町上瀬谷に墜落。乗員2名のうち1名死亡。
  • 昭和32年(1957年)・・・ 11月8日、ジョンソン基地所属の米軍の軽爆撃機が狭山市上奥富地内の入間川の河原に墜落して炎上。乗員2名死亡。
  • 昭和33年(1958年)・・・ 中部航空方面隊司令部編成・中部航空警戒管制群発足によって、入間基地開設。
  • 昭和33年(1958年)・・・ 7月25日、ジョンソン基地の米軍B57中型爆撃機が狭山市入間川に墜落。この事故によって死傷者15名。
  • 昭和35年(1960年)・・・ 浜松南基地から航空救難隊本部が移動。
  • 昭和36年(1961年)・・・ 日米共同使用協定を締結。
  • 昭和37年(1962年)・・・ 6月28日、第41航空師団司令部、横田飛行場に移転。
  • 昭和37年(1962年)・・・ 第7航空団、偵察航空隊が松島基地から移動。入間救難分遣隊が新設。
  • 昭和38年(1963年)・・・ 飛行場地区の管理運用が米軍から航空自衛隊に変更。
  • 昭和39年(1964年)・・・ 入間救難分遣隊が入間救難隊に改編。
  • 昭和42年(1967年)・・・ 第7航空団、百里基地へ移動。
  • 昭和43年(1968年)・・・ 木更津から輸送航空団が移動。入間救難隊が救難任務を解かれて廃止。
  • 昭和46年(1971年)・・・ 航空救難隊本部が航空救難団に改編。
  • 昭和48年(1973年)・・・ 入間航空隊にC-1輸送機が配備。
  • 昭和49年(1974年)・・・ 偵察航空隊、百里基地へ移動。
  • 昭和53年(1978年)・・・ 輸送航空団を第2輸送航空隊に改編。基地が米軍から全面返還。
  • 昭和56年(1981年)・・・ F-86ブルーインパルス最後の展示飛行が行われる。
  • 昭和61年(1986年)・・・ 旧陸軍航空士官学校本部建物を利用して「修武台記念館」を開館。
  • 昭和62年(1987年)・・・ 空自入間基地の一部が日米地位協定第2条第4項(b)の適用施設・区域(一時共同使用)として在日米軍に提供。横田飛行場の一部として追加提供
  • 昭和63年(1988年)・・・ 入間ヘリコプター空輸隊が新編。「修武台記念館」開館を契機に航空神社が奉還再興。
  • 平成9年(1997年)・・・ 多用途支援機U-4が第2輸送航空隊に配備。
  • 平成11年(1999年)・・・ 11月22日、T-33練習機が民家を避けて入間川河川敷に墜落。その際送電線を切断したため、埼玉県南部及び東京都西部を中心とする約80万世帯が停電、並びに信号機および鉄道が停止。
  • 平成12年(2000年)・・・ 倉庫建物より火災を起こして、付近を通る西武池袋線が運休する等の影響を与える。
  • 平成17年(2005年)・・・ 建物老朽化のため「修武台記念館」を閉館。
  • 平成19年(2007年)・・・ 3月30日 第4高射隊に地対空誘導弾ペトリオットの最新型(PAC-3)が配備。これは航空自衛隊の高射隊の中で最初の配備。
  • 平成20年(2008年)・・・ 50周年を迎える。
  • 平成23年(2011年)・・・ 東北地方太平洋沖地震の発生に伴い航空救難団などは人命救助や物資輸送及び被害復旧等並びに福島原発における消火活動及び給水支援等を実施。このため4月23日に予定していたランウェイウォークは中止。
  • 平成24年(2012年)・・・ 3月1日 隊員に対する航空歴史教育を行う場としての教育講堂として完成。
  • 平成25年(2013年)・・・ 航空保安管制群本部及び電子開発実験群が府中基地へ移転。

主な所属機と部隊編成

入間基地は、基地総面積:約3km²、滑走路:約2,000m×幅員約45m 1本になっていて、人員と面積で航空自衛隊最大の規模を誇る基地になっています。中部航空方面隊の司令部で二個航空団を主力としています。戦闘機4個飛行隊のほかに、8個の固定レーダーサイト、2個高射群などで構成されています。防衛担当区域は南東北・関東・中部・近畿地域になぅていて、日本海側の警戒のほかに、ソ連・ロシア機の東京急行に対する要撃なども行ないます。

入間基地の誘導路の東南端近くに、埼玉県警察のヘリポートとハンガーがあります。そこの施設では、県警航空隊がヘリコプターを運用しています。

中部航空方面隊司令部 ・・・入間基地

  • 第6航空団 ・・・ 小松基地
  • 第7航空団 ・・・ 百里基地
  • 中部航空警戒管制団 ・・・ 入間基地
  • 第1高射群 ・・・ 入間基地
  • 第4高射群 ・・・ 岐阜基地
  • 中部航空施設隊 ・・・ 入間基地
  • 硫黄島基地隊 ・・・ 硫黄島分屯基地
  • 中部航空音楽隊 ・・・ 浜松基地

航空自衛隊・・・所属機

  • YS-11:航空総隊司令部飛行隊(EA, EB)、飛行点検隊(FC)
  • T-4:航空総隊司令部飛行隊
  • C-1:第2輸送航空隊、航空総隊司令部飛行隊(EC-1)
  • U-4:第2輸送航空隊、航空総隊司令部飛行隊
  • U-125:飛行点検隊
  • CH-47:入間ヘリコプター空輸隊

埼玉県警察

  • EC135-P2i「さきたま」
  • BK117C-1「むさし」
  • アグスタA109E「みつみね」